25年前の宅配便軽貨物運送業の悲惨な状況

今年は有名テーマパークの25周年が続いていますが、その25年前当管理人は半導体工場を切られてからの仕事に大変苦労してきました。当時の仕事は宅配便の軽貨物運送業で、当時の状況の記述で「当時は年齢が30歳より前であったが、中高年とあまり変わらない条件と思えるものであった。」(第1話 ポトリスとの出会い)とあるが、むしろ現在の方がましじゃないかと思えるものがございます。

その時の状況は上記の記事にも記しています。まずは半導体工場を切られた直後の12月の短期の配達要因として入りました。年が明けてからは転職活動を行い、3月から別の営業系の仕事に就いたもの6月で切られてしまい、7月に声がかかって復帰しました。当初は夏のお中元の短期雇用のつもりでした。それ以降は自分の北アルプス主脈全山縦走を行い、秋以降改めて別の仕事に転職するつもりでした。

所が、下請けの軽貨物運送業の社長に捕まってしまいます。結局お盆以降も仕事が続き、北アルプス主脈全山縦走はフェリーも予約していたにもかかわらずできなくなってしまいました。秋になりましたが、完全歩合制でしたので、10万円程度に終わった月もございました。12月は稼働30日の27連勤を記録する程でしたが、2026年8月現在というか、今後生涯破られる事がないワースト記録となっています。にもかかわらず、稼ぎは経費を引いた総額は20万円を下回る位でした。

年が明けてからは明らかに稼ぎが落ちてやっていくのが厳しいため、一旦退職して、失業保険をもらいながら転職活動を行いました。この夏に前年予定していた北アルプス主脈全山縦走を行い、秋に違う仕事に転職しました。以後、今日に至るまで軽貨物運送業からは手を引いています。

時給に換算したら600円(当時は最低時給が637円)行かないものであり、「石の上にも100年」の如く続けるよりも、時給650円でもよりましな仕事に転職した方が早いという気持ちでした。大学時代の短期アルバイトでも、ここまでひどい時給の所はなく、とりあえずの転職先として候補に入れても良かったですが、それもコンスタントに就けられればの話です。

昨今の自分で見ても、やはり別の仕事に転職するとしても軽貨物運送業ではなく、タクシー・介護と並べたとしても、軽貨物運送業はその中でも最下位になります。ただ、現状介護の仕事も、余程の事がない限り就く事はないのですが。

https://x.com/explorerk1/status/2085299453624455282
約四半世紀前に見切りを付けた者ですが、現状転職する仕事としてタクシー・介護と並べても最下位と言わざるを得ません。

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