最悪の場合ひょっとして来秋以降は・・・・・

とりあえずこの11月からは会社側から頼まれ続けた事もあり、例年の冬の仕事をするが、来春以降はウェブ系を中心に就職活動を行っていく。だが、来夏までにいずれも目処が付きそうもないならば、来秋までに工場系も含めどこへでも行ける体制で就職活動をしていく。年齢的にもう後がなく、改めてキャリアを付けるためという意味合いが大きい。

これまでの自分に終止符を打つためには、そうでもするしかない情勢だ。又、状況によっては前に書いた通り阪神地方にある環境化学系専門学校の通信課程に通う事も検討している。今年も何も言われなければ今冬からそういう態勢で臨んでもいい位であり、できるならそうしたいのが本音である。

そもそも大学卒業時の段階で北海道に戻るには無理があり過ぎた。北東北にある化学系の学科であり、しかも道内では当時北海道拓殖銀行の破綻もあって経済情勢は悪化しており、就職状況は厳しいものとなっていた。基本的に関東以南に就職先を定めていれば、就職できる可能性が高かったいえば言えると言わざるを得ない。しかも、学科の先生は道内に戻る事に反対しており、私の実家にまで電話して母を説得していた程だった。

その反対を押し切って札幌に戻ってきてからはアルバイトをしながら就職活動を続けてきた。一旦はポリテクセンターでの職業訓練を経て千歳の半導体工場への就職を成就させた。だが、それも僅か3ヶ月で切られてしまった。その後も就職活動を続けたが思う様にいかず、就けえる仕事でずるずるきてしまったのがこれまででした。ウェブ系やインターネットビジネスなどでの可能性も追求してきたが、残念ながら自立できるには至らなかった。

労働条件や休日数などの改善を求めての転職という意味合いはとても大きいものである。これまでは労働時間が長く休みが少なかったため、インターネット関連のビジネスなど副業的な活動が思う様にできなかった事も、今日までに自立できなかった大きな要因である。それにこのご時勢、いつどうなってもいい様にしなければならないのは重要な事であり、今後どんな職種に就職しようとも投資を含めた副業的活動は継続していく。

大学時代からそうであったが、いずれは北海道に戻って仕事をしたいという思いは強かった。大学時代の順当な進路指導の下で就職すれば本州の工場になる所だが、キャリア的に北海道に戻って再就職するのは厳しいものである。それに自分の目指していたものとは違っていたといえば違っていた。だとすれば途中で進学したり、ウェブ系の分野を学んで転職する準備をしていた可能性は高かった様に思える。いずれにせよ充分な経験とキャリアを付けたり、あるいはセミリタイアでもしていつでも戻れる様になれるのが理想だ。

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