あの悪夢からの敗因はIT化の遅れか

ここでは大学をストレートに卒業できなかったとか、北海道に戻ったからとか、進んだ学科が悪かったとか、果ては経済的状況が悪いなどという根本的理由はなしという事にする。問題は切られてしまってからの対処がしっかりできなければならなかった事である。対処できていれば廃人寸前まで追い詰められる事はなく、今は本当に笑える所まできていたかもしれない。

今から見れば大学在学中からIT化に取り組んでいれば、ここまでの被害を蒙る事なく可能性を開けていただろう。当時でも相当深刻な状況であり、誰よりもIT化に取り組むべきであった。ITの知識を吸収し、情報収集できていれば、そういう所に就職する事もなく、当然解雇のショックを受ける事もない。仮に切られたとしても追い詰められる事まではいかなかっただろう。化学での就職が厳しいなら、IT系やウェブ系への転身を考えるべきであり、いやアルバイトでも潜り込めた可能性はあった事だろう。

私と同じ研究部にいた大学院卒の先輩で、郷里の函館に戻ってウェブ製作の仕事に就職した方がいる。彼は私よりも早く自身のホームページを始め、一時はネット上で交流していた。そのデザインは目を見張るものはあったが、テーマは彼自身に関するものだった。残念ながらかなり前に閉鎖されてしまったが、現在ならそこまでしなくてもブログで始められそうな内容である。しかし、独創的なデザインはブログサービスでは実現できないものだろう。

当時は半導体工場に入ってからお金を貯めてPCを購入し、インターネット接続を行う予定でいたが、切られたのはその矢先だった。それでも切られてから数ヶ月で待望のPCを購入し、更に3・4ヵ月後にはインターネット接続を完了したが、丁度その頃からネットもままならない程忙しくなり、情報収集など疎かになった。今思えばその仕事は夏だけにし、充電も兼ねて次につながる仕事を探すべきだったと思える。 

私のホームページは2002年から始めたが、当時はまだインターネットビジネスに取り組もうとか、ホームページの作成技術を身に付けて身を立て様など毛頭思えない状況だった。当時は劇貧であり、高価なプロ用のソフトなど購入できる余裕などなかったものだ。あるいはそこまでの技術は専門学校などで学ばなければというものもあり、当然進学など叶うものではなかった。ただ、ネットで調べれる所まで調べ尽くし、できる限りの事はやるという気概はもっとあっても良かった感じだ。

それと化学系かそれに近い所にこだわった所も残念ながらまずかった所だろうか。その分野かそれに近い所で就職するには当時の現状でもまず無理であり、大学院や専門学校への進学は必須の状態である。正直な所もう一度進学するためには経済的なハードルが大きく、そのために何年も関係ない仕事をやっていかなければならないのはあらゆる意味で大きな損失である。起業するにしても化学系はIT系に比べて設備などハードルが高いものがある。

若い時にはたくさん失敗しろというが、正直な所その後の人生を考えればしてもいいものとダメなものがあるという事を痛感せざるを得ない。例えば登山においては命に関わる遭難がいい例だろう。現在の日本において一度失敗したらそれまでで、再チャレンジの機会が事実上与えられないという所も感じざるを得ない部分もあるが、それだけに何らかの形で打開できる力を付ける必要はある。

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