半導体工場を切られて早四半世紀、これまで化学系の仕事には復帰できず、仕事内容や条件など不本意な状況を強いられてきました。これまで周りからは「専門の仕事に就けなくて当たり前だ」などと言われ続けてきました。やはり大学時代から第2の専門のための充分な準備ができず、進路の方向転換がうまくいかなかったのが大きいと思います。まさに「そんな仕事をするために大学を卒業したんじゃない!もっと報われた人生を!」と思うのも無理もない状態です。
明らかに言えるのは就職超氷河期であり、特に学卒では修得した専門分野での就職が困難であり、できてもし勤務地や条件で妥協しなければなりませんでした。本来であればなるべくならPCを購入し、ウェブ系など専門以外の分野に手を付けるべきでした。しかし、当時は卒業を目指すのが精一杯でした。
更に実家が裕福ではなく、新たな進学資金を出してもらえず、ニートが許されない状態でした。実際縦走登山で遠征をするためには小遣いでは全然足りず、資金を貯めるために働かなければなりませんでした。現在の様なバイトアプリの様な仕事は取り合いであり、不安定でした。そのため、特定の業種である程度の期間コンスタントに働かなければなりませんでした。
実は大学最終学年ですが、就職状況が思わしくないため、「○○○起業家大学」というセミナーを受講しました。それは順当に進める進路には進みたくない口実ではあるのですが。当時所属学科で北海道にUターンするという事は、実家に戻ってフリーターかニートをやりますと言っている様なものでした。それだけに、妥当な口実を付けるだけでもしなければ格好が付かなく、周りに説得できませんでした。
ただ、当時起業する具体的な業種は定まっておらず、資金も含めて現実的ではありませんでした。まさに夢を語るだけしかない状態であり、それが生き甲斐となっていた感じでした。可能なら、就職できるに越した事ございませんでした。その取り組みもあって半導体工場に就職できたのですが、まさに裏切られる格好となりました。当時ウェブ系でもかじっていれば違っていたのでしょうけど。
それでも15年~20年位前は色々動いていました。当時。2011年の夏場にはウェブ関連の基金訓練を受講し、その方面への就職活動も行いました。しかし、経済的問題もあって断念し、元の仕事に戻ってしまいました。更に冬場のみならず夏場も忙しくなり、それまでの取り組みが疎かになったのは否めませんでした。
現状これまでの様な働き方では充分な収入にならないだけではなく、健康的にもあと10年は持ちそうになく、転職するなり次の道に進むしかない状態です。個人的に令和時代は輝ける老年に向かって立て直す時代と思っております。遅くとも2030年に入る前というか、できるなら1・2年以内にはその目標を実行に移します!
数年前に更新せず失効したのですが、当時と同じビジネス用ドメインを再取得できました!それが新たなるビジネスサイトのアドレスになります。加えて当時はガラケー時代にもう一つの電話番号をビジネス用に用意していたのですが、17年にスマホに切り替える時に失いました。今後はまた新たにビジネス用の電話番号を取得する準備を進める予定です。